ヘリコバクター・ピロリ感染症の除菌治療について
ヘリコバクター・ピロリ感染症は全身に影響を及ぼす感染症であり、胃・十二指腸潰瘍や胃MALTリンパ腫、胃癌の他、特発性血小板減少性紫斑病、鉄欠乏性貧血、慢性蕁麻疹にも関係しています。
ピロリ菌(Helicobacter pylori)は2.5-3.0μm(0.0025-0.003mm)という小さな、らせん型のグラム陰性桿菌で、胃(時に十二指腸球部)に生息し菌体毒素を胃壁に注入することで胃の炎症を起こします。胃内の慢性炎症が引き起こされると、萎縮性胃炎、腸上皮化生へと進展しますが、この萎縮性胃炎や腸上皮化生は胃癌の高危険因子となります。
除菌治療の最大の目的の一つはこの胃癌予防です。
萎縮や腸上皮化生などの前癌病変(癌の前段階の状態)が出現する前の除菌が胃癌抑制に有効であり、また報告では、ピロリ感染の除菌により数年をかけて胃粘膜の萎縮はおおむね改善していくという傾向が示され、除菌治療による同病変の改善が胃癌抑制につながると考えられます。
日本ヘリコバクター学会の最新ガイドライン(2009年改訂)でもピロリ菌感染者全員の除菌治療を強く推奨しています。
ヘリコバクター・ピロリ菌の診断法
培養法・組織鏡検法・迅速ウレアーゼ試験・抗体測定法・便中抗原測定法・尿素呼気試験などがあります。
ヘリコバクター・ピロリ菌が胃内に棲みつく際、本来、胃の中は胃酸により強酸性状態にありますが、ピロリ菌は、主に食事から摂取された胃内容物に含まれる尿素をピロリ菌の有するウレアーゼによりアンモニアと二酸化炭素に分解し、生じたアンモニアにより、菌体周囲の酸を中和し、自らの生存に有利な条件を胃内に作り出しています。このピロリ菌のウレアーゼ活性を利用してピロリ菌の存在の有無を検査する方法が、迅速ウレアーゼ試験と尿素呼気試験 ( UBT )です。
検査前に服用していた薬剤によっては誤判定(菌が死んでいないのに死んでいると判定される)が生じますので、必ず内服薬はお申し出ください。
ヘリコバクター・ピロリ除菌治療法
1) 1次除菌治療 ( P-CAB + AMPC + CAM )
プロトンポンプ阻害剤(PPI)という胃酸分泌抑制剤とアモキシシリン、クラリスロマイシンという3薬剤を1日2回、7日間服用します。
最近ではプロトンポンプ阻害剤に代えて、カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)のボノプラザン(VPZ)を使用しています。
2) 2次除菌治療 ( P-CAB + AMPC + MNZ )
プロトンポンプ阻害剤(PPI)という胃酸分泌抑制剤とアモキシシリン、メトロニダゾールという3薬剤を1日2回、7日間服用します。
最近ではプロトンポンプ阻害剤に代えて、カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)のボノプラザン(VPZ)を使用しています。
1次除菌と2次除菌は保険診療で認められていますが、これらの治療で除菌が不成功に終わる場合があります。これは薬剤耐性といって、ピロリ菌がこれらの薬剤に対して抵抗性を示すことがあり、この耐性菌が胃の中に棲んでいる場合はこれらの薬剤に反応しません。
ですから、除菌治療を行った後は必ず、治療が成功したかどうかを判定する検査を受けなければなりません。除菌治療薬を服用しただけでは、治療は完了していないのです。
ちなみに1次除菌成功率は約90%、2次除菌までを含めた除菌成功率は98%程度です。
アモキシシリンはペニシリン系の薬剤ですから、ペニシリンアレルギーをお持ちの方は保険診療で認められている1次除菌と2次除菌の治療は使用できません。
3) 3次除菌治療
1次除菌と2次除菌で除菌が不成功に終わった方、またペニシリンアレルギーをお持ちの方には3次除菌が必要です。3次除菌は保険診療で認められていませんので自費治療となり、全額が自己負担となります。また、3次除菌で用いる薬剤の組み合わせ(レジメン)は日本ヘリコバクター学会で、安全で副作用も少なく、除菌率の高いレジメンが現在検討されています。
当院では日本ヘリコバクター学会で報告・検討が重ねられている数種類の3次除菌治療を行っていますが、主に以下のA)~D)を組み合わせたレジメンを用いています。
A) アモキシシリンを除いた薬剤を組み合わせたもの(主にペニシリンアレルギーをお持ちの方に用いる)
B) アモキシシリンを組み合わせたもの(ペニシリンアレルギーがない方)
C) シタフロキサシン ( STFX ) という抗菌薬を組み合わせたもの
D) プロトンポンプ阻害剤(PPI)やカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)の容量を増やし、胃酸分泌抑制を強力にしたもの
除菌治療薬は、日常の診療で使用されている普通の薬剤の組み合わせです。除菌治療の際は高用量で用いるため、治療中に限って下痢や味覚障害が比較的高頻度に出現しますが、日常生活に支障はありません。また、ごく稀に出血性大腸炎等が認められますが、決して特殊で危険な薬剤ではありませんので、胃癌予防のためにも除菌を強くお勧めします。
ヘリコバクター・ピロリ感染症認定医 横山 浩孝